幸せを掴む手
友人のTは、海外協力機関の団体職員で、年間のほとんどを外国で過ごしています。
彼の仕事は「発展途上国」と呼ばれるアフリカ諸国や東南アジアの国々に経済援助や技術協力を行うための事前リサーチが主な業務で、現地の生活環境や経済状況などをつぶさに調査し報告書に纏める、ということをしています。
その調査のために、時として、その国の中でもかなりの僻地や内陸部の奥深くまで足を運ぶことも多いといいます。
・・・・カンボジア奥地のある村・・・
Tがその村を訪れたのは、カンボジアの長い内戦がようやく終わり、荒れ果てた国土に平穏な日常が戻りつつあった頃でした。
首都・プノンペンの調査を終え、現地の通訳兼案内人とともに、聞き取り調査のため、国内でも特に貧しいといわれる内陸部の小さな集落に向かいました。
村はプノンペンから車で六時間、さらに歩いて1時間。メコン川沿いの深い熱帯雨林の中にあり、数十世帯が寄り添うように暮らしていました。乾季の2月とはいえ、40度近い気温と湿気でうだるように暑い日だったそうです。
「草原の細い土道を歩いて集落に向っていたら、小さな男の子・・・五歳くらいかな・・・独りで遊んでいるんだよ。道端でね」
彼らに気付いた男の子は、ニコニコと満面の笑みで手を振り近づいてきました。案内人が訊ねると、これから訪ねる村の子で、石ころで遊んでいたということでした。
男の子は人懐っこい笑顔で「案内してあげる(現地語)」とTの手をひっぱり、先を歩み始めました。
「うれしいよね。ちっちゃな柔らかい手で、男の子が一生懸命引いてくれるんだもん」
しばらく男の子の手を握り、一緒に歩いていましたが、汗ばんだ手と噴出した額の汗をぬぐうため、いったん男の子の手を離しました。
手ぬぐいで汗を拭くTを男の子はニコニコと見上げていました。汗を拭き終え、男の子の手を再び握ったとき、ちょっと不思議な感触を覚えたそうです。
「なにかが違うだよね。なんだろう?って」
Tは握った手を緩め、男の子の左手を自分の掌(てのひら)で広げました。
「1、2、3・・・6本。指が6本あるんだよ。全然気付かなかったけど6本あるんだよ。数え直しても6本。左右両手ともだよ」
指は、親指や小指が追加されている感じではなく、違和感なく、きれいなバランスで6本揃っていました。「もともと、人間の手って6本かも」とTは思ったほどでした。
・・・・ 村の少年の家・・・・
男の子に導かれ、村に入ったTたちは、男の子の家を訪ねました。
細い木の柱と茅葺の屋根・壁。けっして裕福な生活をしているようには見えない家だったそうです。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞどうぞ」(現地語)
突然の訪問にも関わらず、男の子の父親である家の主は笑顔で迎えてくれました。
男の子同様、人懐っこい笑顔で、差し出した手には6本の指がありました。
村のまとめ役でもある父親によると、この集落のほとんどの住民は6本指だそうで、5本の方が珍しいとのことでした。
「ずっとずっと昔、私のおじいちゃんのおじいちゃんのさらに昔から、この村では6本指が多く生まれてきました。私たちは『6本目の指は、神様からの特別な贈り物の指』だと思っています。この指のお陰でずっと幸せなんだと。もちろん、5本指の人も幸せですよ。私たち自身・・・あなたも、みんな神様からの贈り物です。生まれてきただけで幸せなんです」
国の幸福度を測る「地球幸福度指数」というものがあるそうですが、人間の幸せを決めていいのは神様だけではないのか、そうボクは思うのです。
2012年02月01日 17:43