窓
暮も押し迫った師走の雨の日、那覇市長田の古い雑居ビル・・・
ボクはビルの内装工事の打ち合わせのため業者のKさんと会っていました。
Kさんは七十歳を越したお年で、腰の低い穏やかな方でした。
雑居ビルは小さな高窓から少し光が差し込むだけの薄暗い室内で、
長い間空き室だったためか、どんよりした空気充満しているようでした。
打ち合わせを一通り済ませ、しばらく談笑をしていた時、Kさんがこんな話をしてくれました。
「・・・もう、四十年近くなるかな。ぼくはその頃、解体業もやっていて、あちこち行っていたんだよね。
・・・知念半島の・・・なんて部落だったかな・・・三月の暖かい日だったな・・・ある家の取り壊し作業に行ったんだ・・・」
斜面の中腹にあるその家は、年老いたおばあちゃんが独りで住んでいました。ご高齢のため施設に入居するので家を壊すとのことだったそうです。
屋敷は、西側の山を背に三方が開けていて、粟石のヒンプンとよく手入れされた小さな庭がありました。
Kさんは、壊す前に家の中と屋敷の周りを丹念にチェックしました。
「そんなに大きくない古い赤瓦屋だったけど、家中ほんとにきれいでね、どこもかも掃除がゆきとどいていて、壊すのもったいないくらいだった。特に東側の縁側からの景色は最高でね。低い石垣の向こうに海が一望できた。庭の芝生と石垣に這ったブーゲンビリアと山の稜線と光る海が連なってさ、毎日でも見ていたいくらい」
しばらく縁側に腰掛けて、景色を眺めていたKさんでしたが、ふと振り返って違和感を感じました。
「縁側の上に大きな・・・アルミサッシじゃなく、板枠のガラス窓があるんだが、なぜか板が打ちつけられているわけ。他にも窓はあるけど、なぜか東側のその窓だけ塞がれていて、外の景色が見えないようになっていた。窓ガラス一枚も割れてないのによ」
窓を塞いだ板は白っぽく変色し、打ちつけた釘は赤く錆びていて、直感で長い間閉じられていたと感じたそうです。
Kさんは家の主のおばあちゃんに理由を訊ねました。
おばあちゃんは、吶々とこう話してくれたそうです。
「この屋敷は、お父さん(旦那さん)と二人一生懸命働いてやっと建てたんです。もう、嬉しくて、嬉しくて、毎朝、お父さんと二人、この窓から景色を眺めながらお茶を飲むのが楽しみでした。毎日、朝の光る海を見て、幸せで、幸せで・・・」
ところが、家を建てた数ヵ月後、旦那さんは召集され戦争へとかり出されました。
「窓からの景色は、お父さんと二人だけの特等席。だから、おとうさんが帰って来るまで窓は閉じて、戻ってきたら、また一緒に見ようって。・・・ふふっ・・・可笑しいね、自分で釘打ってよ」
出征した翌年、夫の戦死通知がおばあちゃんの元へ届きました。でも、夫の死をどうしても信じることができないおばあちゃんは、夫がいつ帰ってきてもいいように、ずっと毎日掃除を続けていたそうです。
「一昨日の朝、その縁側にお父さんが腰掛けて光る海を眺めていたんですよ。振り返って『ありがとう。もういいよ』って。・・・夢だったのかねぇ」
ボクはビルの内装工事の打ち合わせのため業者のKさんと会っていました。
Kさんは七十歳を越したお年で、腰の低い穏やかな方でした。
雑居ビルは小さな高窓から少し光が差し込むだけの薄暗い室内で、
長い間空き室だったためか、どんよりした空気充満しているようでした。
打ち合わせを一通り済ませ、しばらく談笑をしていた時、Kさんがこんな話をしてくれました。
「・・・もう、四十年近くなるかな。ぼくはその頃、解体業もやっていて、あちこち行っていたんだよね。
・・・知念半島の・・・なんて部落だったかな・・・三月の暖かい日だったな・・・ある家の取り壊し作業に行ったんだ・・・」
斜面の中腹にあるその家は、年老いたおばあちゃんが独りで住んでいました。ご高齢のため施設に入居するので家を壊すとのことだったそうです。
屋敷は、西側の山を背に三方が開けていて、粟石のヒンプンとよく手入れされた小さな庭がありました。
Kさんは、壊す前に家の中と屋敷の周りを丹念にチェックしました。
「そんなに大きくない古い赤瓦屋だったけど、家中ほんとにきれいでね、どこもかも掃除がゆきとどいていて、壊すのもったいないくらいだった。特に東側の縁側からの景色は最高でね。低い石垣の向こうに海が一望できた。庭の芝生と石垣に這ったブーゲンビリアと山の稜線と光る海が連なってさ、毎日でも見ていたいくらい」
しばらく縁側に腰掛けて、景色を眺めていたKさんでしたが、ふと振り返って違和感を感じました。
「縁側の上に大きな・・・アルミサッシじゃなく、板枠のガラス窓があるんだが、なぜか板が打ちつけられているわけ。他にも窓はあるけど、なぜか東側のその窓だけ塞がれていて、外の景色が見えないようになっていた。窓ガラス一枚も割れてないのによ」
窓を塞いだ板は白っぽく変色し、打ちつけた釘は赤く錆びていて、直感で長い間閉じられていたと感じたそうです。
Kさんは家の主のおばあちゃんに理由を訊ねました。
おばあちゃんは、吶々とこう話してくれたそうです。
「この屋敷は、お父さん(旦那さん)と二人一生懸命働いてやっと建てたんです。もう、嬉しくて、嬉しくて、毎朝、お父さんと二人、この窓から景色を眺めながらお茶を飲むのが楽しみでした。毎日、朝の光る海を見て、幸せで、幸せで・・・」
ところが、家を建てた数ヵ月後、旦那さんは召集され戦争へとかり出されました。
「窓からの景色は、お父さんと二人だけの特等席。だから、おとうさんが帰って来るまで窓は閉じて、戻ってきたら、また一緒に見ようって。・・・ふふっ・・・可笑しいね、自分で釘打ってよ」
出征した翌年、夫の戦死通知がおばあちゃんの元へ届きました。でも、夫の死をどうしても信じることができないおばあちゃんは、夫がいつ帰ってきてもいいように、ずっと毎日掃除を続けていたそうです。
「一昨日の朝、その縁側にお父さんが腰掛けて光る海を眺めていたんですよ。振り返って『ありがとう。もういいよ』って。・・・夢だったのかねぇ」
2012年01月18日 19:04