痛み ・・・・イタミ・・・・
たった一回しか会ったことがない人を愛おしく想うことがあります。
ボクの大好きな「カマル」おばぁちゃんに会ったのは、彼女が88歳の米寿を迎えた年でした。
カマルさんは、本部半島の緑深い小さな集落に住む元気なおばぁちゃんで、年季の入った赤瓦屋に一人暮らしをしていました。
沖縄では、戦前、パナマ帽子の生産が盛んで、基幹産業品として海外へ輸出されるほどでした。
戦後、パナマ帽子産業は、すっかり廃れてしまい、時が経つにごとに当時を知る人も少なく
なっていました。そんな中、知人の紹介でパナマ帽子の編み手さんだったカマルさんを訪ねたのでした。
・・・・小雨の降りしきる、あいにくの空模様でした・・・・
「昔はね、どこの家も若い娘(こ)は、みんな(パナマ帽子を)編みよったですよ。どこかの家に集まって、みんなで編んだんです。工房ゆうてね。朝から晩まで作業はきつかったけど、お友達とのおしゃべりは楽しかったですね。ぺちゃくちゃして」
カマルさんは、まるで昨日のことのように、よどみなく、楽しげに話すのでした。
初対面のボクに、ホントのおばぁちゃんのような素直な優しい語り口でした。
パナマ帽子製造のお話を一通り教えていただき、ひと段落のお茶をいただいていたとき、カマルさんは庭先に視線をやり、少し間をおいて溜息をつくのでした。
・・・・小雨は音も立てずに、庭の花壇を濡らしています・・・・
「小さい子供が二人いたんですよ、私。三歳の女の子と、生まれて間もない男の子。下の子は、まだ乳飲み子でした。(パナマ)帽子作業のときは、子供をまとめてあずかってくれる所があって、そこにあずけて・・・」
またひとつ、小さな溜息をついて、カマルさんは静かに話しはじめました。
「・・・その時は・・・疲れていたんでしょうかね・・・忙しい時期でした。毎日、朝早くから夜遅くまで帽子作業が続いていました。納期に間に合わないゆうて・・・」
さっきの明るいカマルさんと違い、淋しげな口調でした。
「・・・その日も、夜遅くまで作業して、子供迎えて、家に戻ったときは真っ暗でした。・・・疲れていたんでしょうねぇ・・・とっても眠くて・・・下の子がグズるんで、横になって、おっぱいあげながらウトウトしていたんです。女の子は背中にひっつくように、一緒に横になって・・・」
・・・・雨脚が一瞬強くなり、垣根の月桃の葉を揺らしています・・・・
「しばらく、おっぱいやりながらウトウトしていたんでしょうね。・・・背中越しに女の子が言うんですよ。『お母ちゃん、こっち向いて』って。『怖いよぉ、怖いよぉ』して。下の子におっぱいふくませているから、振り返られないから・・・こう、片手で、女の子の背中トントンして・・・『大丈夫よぉ、すぐ、そっち向くよお』って言ってね。・・・でも、女の子は『早くこっち向いてぇ。怖いよぉ、怖いよぉ』して」
「・・・疲れていたんでしょうかねぇ・・・そのうち、眠ってしまって」
「・・・朝、目が覚めたら、女の子が冷たくなっていて。・・・どこも、なんともないのに、眠ったように・・・冷たくなっていて・・・」
カマルさんの目から、大粒の涙があふれています。
「・・・あんな、小さな子・・・三歳の子に怖い思いをさせてしまって・・・淋しい思いをさせてしまって。どうして・・・あのとき・・・ちょっとでも振り向いてやれなかったのか・・・悔しくて・・・悲しくて、悲しくて・・・。今でも、朝起きるたび、夢だったらいいのに、って思うんですよ」
ボクは、かえす言葉が見つからず、ただただ、黙って泣いているだけでした。
時が経っても消えない、切なさ。毎朝繰り返す心の痛み。そんな日常に生きている人もいるのです。
2011年10月12日 16:50