幻 -- まぼろし ---
友人のMさんと久しぶりに午後のお茶をご一緒した。
日ごろ健康管理に厳しいMさんが珍しく風邪気味のような鼻声だった。
「いやなにね、このところ暑くて寝苦しいんでクーラーを点けて寝たんですよ。そしたらヒドイ目に遭って・・・」
翌朝、クーラーで寝冷えしたせいかMさんは身体のダルさと熱っぽさを感じ、車で10分ほどのかかりつけ医のクリニックに向かったという。
平日の午後、天気もよくMさんは自分で運転して出かけた。
「ただの寝冷えでしょう。解熱剤の注射と・・・あと風邪薬を処方しときますので・・・」
と、医者は診断し注射の処置をした。
最近の医療機関では、風邪やインフルエンザなどの薬を処方した後、しばらくは病院内など目の届く範囲で安静にして様子をみるのが常のようで、Mさんも診察室隣のベッドで横になった。
40分ほど休み、体調も少し良くなった感じがしたのでMさんは帰宅することにした。
--------- 午後の、ちょうど車の波が途絶える時間帯の国道 -----------
片側二車線の幹線道路で、見通しのよい直線である。車の流れも少なく、Mさんはスムーズに車を走らせていた。
しばらく走ると前方に信号機が見えた。信号が黄色から赤に変わる瞬間だったので、Mさんはブレーキを踏み減速し、停止線に止まった。普段の運転と何も変わらない「あたりまえ」の動作だった。
前方の信号を見ながらボンヤリしていると、後ろの車がやたらとクラクションを鳴らす。信号はまだ「赤」のはずである。Mさんは舌打ちして、バックミラー越しに後続の運転手をにらんだが、またクラクションを鳴らしている。
・・・・と、バックミラーから視線をずらし信号機に目をやった途端、Mさんは氷ついた。
信号機が無いのである。信号機の影も形もない。交差点だと思った場所は直線道路の真ん中で、激しい車の往来の中、Mさんは停車していたのだ。
一瞬、頭の中が真っ白になったが、慌てて車を発進させ「落ち着け、落ち着け・・・」と自分に言い聞かせ、より慎重に運転しながら走ってきた病院からの道筋を反芻した。途中から信号までの記憶がほとんど無いことに気づき、愕然としながら、今度は家までの道筋を慎重に確実に思い出しながら走った。
「あれはなんだったんだろう?」
Mさんは、不安と恐怖に包まれながら頭をひねった。
国道の交差点を曲がり、県道に入ると、もう家は近い。
交差点を右折して、県道の直線を走行していた。上下二車線の県道だ。さっきの信号機のことが頭から離れなかったので、Mさんは慎重に運転していた。だいぶ落ち着いてきていた。
いきなり、無謀な運転の車が一台、正面からMさんの車に突っ込んできた。すんでのところで避け、「今日はなんて日だ」と思った途端、無謀な車は3台も4台も突っ込んできた。動揺し、車を減速させたMさんは再び愕然とした。無謀な運転だと思っていたら、自分がいつの間にか反対車線を逆走していた。
さすがに「危ない」と感じ、Mさんは県道わきに停車させ、身内に連絡し運転を代わってもらって帰った。車で10分ほどの病院からの帰りが、気づけば3時間かかっていた。
Mさんの名誉のために付け加えれば、Mさんは頭脳明晰で体力もある。アルツハイマーや脳の疾患もない。ボケるような高齢でもない。日ごろの健康管理や体力強化には人一倍気をつけているし、健診も欠かさない。これは断言できる。
その後、Mさんと何度かあったが、あれ以来「幻」を見たり、聴いたりすることは一度もないそうだが、「小さなトラウマ」になっている、そうだ。
・・・あの幻覚はいったい・・・・・
日ごろ健康管理に厳しいMさんが珍しく風邪気味のような鼻声だった。
「いやなにね、このところ暑くて寝苦しいんでクーラーを点けて寝たんですよ。そしたらヒドイ目に遭って・・・」
翌朝、クーラーで寝冷えしたせいかMさんは身体のダルさと熱っぽさを感じ、車で10分ほどのかかりつけ医のクリニックに向かったという。
平日の午後、天気もよくMさんは自分で運転して出かけた。
「ただの寝冷えでしょう。解熱剤の注射と・・・あと風邪薬を処方しときますので・・・」
と、医者は診断し注射の処置をした。
最近の医療機関では、風邪やインフルエンザなどの薬を処方した後、しばらくは病院内など目の届く範囲で安静にして様子をみるのが常のようで、Mさんも診察室隣のベッドで横になった。
40分ほど休み、体調も少し良くなった感じがしたのでMさんは帰宅することにした。
--------- 午後の、ちょうど車の波が途絶える時間帯の国道 -----------
片側二車線の幹線道路で、見通しのよい直線である。車の流れも少なく、Mさんはスムーズに車を走らせていた。
しばらく走ると前方に信号機が見えた。信号が黄色から赤に変わる瞬間だったので、Mさんはブレーキを踏み減速し、停止線に止まった。普段の運転と何も変わらない「あたりまえ」の動作だった。
前方の信号を見ながらボンヤリしていると、後ろの車がやたらとクラクションを鳴らす。信号はまだ「赤」のはずである。Mさんは舌打ちして、バックミラー越しに後続の運転手をにらんだが、またクラクションを鳴らしている。
・・・・と、バックミラーから視線をずらし信号機に目をやった途端、Mさんは氷ついた。
信号機が無いのである。信号機の影も形もない。交差点だと思った場所は直線道路の真ん中で、激しい車の往来の中、Mさんは停車していたのだ。
一瞬、頭の中が真っ白になったが、慌てて車を発進させ「落ち着け、落ち着け・・・」と自分に言い聞かせ、より慎重に運転しながら走ってきた病院からの道筋を反芻した。途中から信号までの記憶がほとんど無いことに気づき、愕然としながら、今度は家までの道筋を慎重に確実に思い出しながら走った。
「あれはなんだったんだろう?」
Mさんは、不安と恐怖に包まれながら頭をひねった。
国道の交差点を曲がり、県道に入ると、もう家は近い。
交差点を右折して、県道の直線を走行していた。上下二車線の県道だ。さっきの信号機のことが頭から離れなかったので、Mさんは慎重に運転していた。だいぶ落ち着いてきていた。
いきなり、無謀な運転の車が一台、正面からMさんの車に突っ込んできた。すんでのところで避け、「今日はなんて日だ」と思った途端、無謀な車は3台も4台も突っ込んできた。動揺し、車を減速させたMさんは再び愕然とした。無謀な運転だと思っていたら、自分がいつの間にか反対車線を逆走していた。
さすがに「危ない」と感じ、Mさんは県道わきに停車させ、身内に連絡し運転を代わってもらって帰った。車で10分ほどの病院からの帰りが、気づけば3時間かかっていた。
Mさんの名誉のために付け加えれば、Mさんは頭脳明晰で体力もある。アルツハイマーや脳の疾患もない。ボケるような高齢でもない。日ごろの健康管理や体力強化には人一倍気をつけているし、健診も欠かさない。これは断言できる。
その後、Mさんと何度かあったが、あれ以来「幻」を見たり、聴いたりすることは一度もないそうだが、「小さなトラウマ」になっている、そうだ。
・・・あの幻覚はいったい・・・・・
2011年06月29日 17:29