ぐずついた天気がしばらく続いた木曜日の午後でした。
その日も夜明け前からしょうしょうと細かい雨が降っていましたが、正午を過ぎたころから雨は上がり、薄曇りに陽光が射すようになっていました。空のところどころに細い青空ものぞいていました。
南城市のとある病院の機械室で早朝から作業をしていたボクが機械室を出たのは、ちょうど空に光が戻りはじめた正午すぎでした。
ボクは別の仕事の移動ため、その病院を後にし、車に乗り込みました。車に置いた傘はまだ乾ききっていませんでしたが、日当たりのいい道路は乾いていました。
暗い機械室からの解放と久しぶりの明るい空で気分は高揚していました。
那覇空港自動車道・南風原南IC高架下の県道を南下し、勾配のきつい坂を登り切ったところで信号に引っ掛かりました。
隣の車線には、一台の白い軽トラックが並んで止まっています。
強い視線というか・・・なにかすごい違和感を感じたボクは、左を振り向き軽トラックの荷台を見ました。ギョッとしました。ボクの視線のほんの70センチほど先に大きな白い顔がこっちを覗き見ているのです。体高1メートル以上はありそうな真っ白な大きなヤギでした。
「おい、脅かすなよ・・・」
ボクは小さく独りごとを云い、ヤギを見つめました。
立派な真っ直ぐな角のあるヤギで、ブルーがかった横長の瞳孔は身じろぎもせずボクを見つめています。何かボクに言いたげでした。
「なんだよぉ」
しばらくにらめっこしましたが、もちろんヤギがしゃべるわけがなく、テレパシーが聞こえるワケもないので意味など分かりません。ただ横に止まった車の荷台にヤギがいただけだと思いました。そのときは。
-------- 80分後 ---------
用事を終え、ボクは那覇市内での仕事の打ち合わせのため国道331号を那覇向け車を走らせていました。
赤嶺駅を右折し、近道をするために裏通りの市道に入りました。
前方の信号が青から黄色に変わったので減速し、信号手前で停車しました。
2車線ですが右車線は右折専用の車線で、ボクは右折車線に止まっています。後続の車がゆっくりと直進車線にすべりこんできました。
なにげに左側に視線を振ったぼくはギョッとしました。
直進車線に止まったのは白の軽トラック。しかも荷台に大きな白いヤギが積まれています。
「うそだろ!?」
「デジャヴ?」
ボクは小さく独りごとを云い、苦笑気味にヤギを見つめました。
すっかりさっきのヤギのことは忘れていましたが、瞬時に思い返しました。
ヤギもボクを見つめています。
さっきのヤギと大きさも白さも同じくらいですが、明らかに違うヤギです。
曲がった角の形と長いあごひげのヤギです。軽トラックを運転している人も車両も違っていました。
でも、ブルーがかった横長の瞳孔は身じろぎもせずボクを見つめています。何か言いたげでした。口をモゴモゴ横に反芻しているのですが、もちろん意味などわかりません。
何かに憑かれたような、複雑な感情を覚えたボクでしたが、約束の打ち合わせの時間がせまっているので急ぎ、その場を去りました。
----- それから80分後 ------
打ち合わせはスムーズに済み、ボクは帰社するために国道331号を走っていました。
携帯が鳴ったので、路肩に車を停め出ました。
与那原の取引先からでした。サーバ機の動きがおかしいので急ぎチェックしてほしい、との電話でした。
国道からそのまま那覇空港自動車道に乗り、南風原北ICで降りて取引先に向かいました。
サーバ機はちょっとしたトラブルで、難なく解決出来たので30分ほどで取引先を後にしました。来た道順をそのまま引き返し、与那原街道を南風原北ICに向かいました。
夕方のラッシュに捕まったらしく、与那原十字路あたりからひどい渋滞でノロノロと走行しています。どうやら南風原北IC入口あたりまで車列は繋がっているようです。まいったな、ボクは小さく独り言を云いました。
難所の与那原十字路をようやく抜けた車列は、蠢くムカデのようにだらだら坂をゆっくりのぼっては止まるを繰り返しています。
30メートル先の信号が3回目の青でようやく進んだかと思ったら、信号機手前で赤に変わり車列の一番前で信号待ち停車しました。
正面の渋滞の遥か先に濃い色の夕焼け空が一層暗い色を重ねています。
イライラしながら、ふと、信号待ちの隣の車線に目をやり、ボクは凍りつきました。
白い軽トラック。荷台にヤギ。しかも間違いなくボクを見つめているのです。今日の二匹とも違うヤギです。大きく白いのですが、角のないヤギでした。
ブルーがかった横長の瞳孔は身じろぎもせずボクを見つめています。何か言いたげでした。ボクに意味などわかりません。
得体の知れない恐怖と深淵のモヤモヤと渋滞のイライラと・・・おまけにポツポツ雨まで落ちてきやがった・・・
なんなんだよ、これは