このところ沖縄に接近する台風が強大化しているように思います。
台風の過去・現在の数値的な比較はよくわかりませんが、ボクの幼かった昭和中ごろの台風は今より凄まじく、猛烈なものでした。
当時、ボクの近所は瓦屋の木造がほとんどで、実家もそうでした。
台風が近づくと、いっせいに戸袋から雨戸を出して閉め、さらに五寸釘や角材で堅く戸締りをしました。
散乱しそうな屋外の家財は床下や土間に収納し、飛ばされそうなモノはすべてロープでがっちりと固定していました。それがいつもの台風対策でした。
---- ある秋口に台風が襲来しました。
ラジオの台風情報では、「例年になく強い台風」と伝えていました。
暴風域に入るのが日暮れ前、という情報だったのでボクらは早々といつもの台風対策を終え、家に籠りました。
ほどなく停電し、じっとりと湿気を含んだ闇に変わりました。
そして早目の夕食をろうそくの明かりの下でを済ませました。
---- 風が徐々に強まっていました。
最初のうちはトランジスタラジオに耳を傾けたり、トランプや花札で時間をつぶすのですが、そのうちに飽きて、押し黙ってろうそくの炎をぼんやり見つめていました。
台風の夜の時間はなぜか遅く進む感じでした。
---- 古い柱時計が11時を鳴らしています。風はますます強まっていました。
床に入り、目を閉じるのですが眠れません。まとわりつくような湿気で寝苦しい夜でした。
ゴウッっと鳴った一陣の風で屋根の瓦が飛んだようで、パリンと砕け散る音が聞こえました。
---- 夜半に差しかかりましたが、風は一向におさまりません。
飛ばされた瓦の砕ける音が頻繁に聞こえます。
家の梁が強風でギシギシときしむ音がします。
電線のピューッという風切り音が一層甲高く響いていました。
---- 柱時計が深夜の2時を打っています。
ゴウッという風音が吹き、外が一瞬静かになった感じがしました。
と、電線のピューピューっという音にまぎれて、かすかに「ホギャー」っという赤子の声が聞こえたような気がしました。
耳を澄ませると、かすかですが、たしかに赤子の泣き声が風に乗って聞こえてきました。
夜泣きしているような泣き声でした。小さな泣き声でした。
「大変だな、台風の夜なのに・・・」
闇の中で、ボクはつぶやきました。
「・・・もう早く寝なさい」
そばで横になっていたおばあちゃんが、静かにたしなめるように言っています。
ホギャーホギャーホギャー、赤子の泣き声は、さっきよりはっきり聞こえてきました。
聞こえてきたというより、近づいて来ている感じでした。
「やっぱり泣いているよ、赤ちゃん」
ボクは、闇の中のおばあちゃんに言いました。
「いいから、早く寝なさい!」
おばあちゃんは、小声ですが怒っているような強い口調になっていました。
---- 台風の吹き返しになったのか、風向きが変わり猛烈な風雨になっていました。
外は暴風の吹き荒れれている様で、すべての音を巻き込んでいるような風の轟音でした。
そんな轟音を切り裂いて、赤ちゃんの泣き声は、さっきよりはっきり大きく聞こえます。
まるで、雨戸のすぐ外で泣いているかのようでした。
誰かに抱かれて泣いているようでした。
ボクは耳を塞ぎ、目を強くつぶって毛布の中に潜りこみ、息を殺しました。
時の過ぎるのが、ものすごく長く感じられました。
---- 台風一過の翌日 -----
昨夜の出来事を家族に話しました。
不思議なことに誰も赤ちゃんの泣き声を聞いていないようでした。
ただ、おばあちゃんだけは困ったような顔で唇を結んでいました。
あの赤子の泣き声はいったい・・・・・