魂   ---- まぶい ----

高武森

2011年11月30日 18:08


 海には人間が住む現世界とは異なる時空があるのでは、と思うことがあります。

 幼い頃、近所の老漁師からこんな話を聞きました。
 「人は、陸でしか死ねないように出来ている。だから海で死んだ死体は、必ず陸地に向かって流れて来るんだ」と。

 ボクの勝手な思い込みや先入観かもしれませんが、水の事故などでの水死体は、海流や波の向き風の方向に限らず必ず海岸線や陸地近くに流れ着くように思います。死体が泳ぐわけがないのですから、なんかしらの強い力が引き寄せているか、押し出されているように思えてなりません。



 話は少し変わりますが、ボクの友人にスキューバダイビングのインストラクターがいます。彼は沖縄屈指のダイビング歴があり、沖縄の海はすべてといっていいほど潜っています。海に関する知識も驚くほど豊富で、警察官や消防士に講習を行うこともあります。

 そんな彼が、ボランティアで遺骨収集をしたときの話です。遺骨収集といっても、ダイビングのプロですから海中での探索でした。



  ----- 夏のある日・沖縄本島南部喜屋武岬沖 ------

 
 喜屋武岬あたりは、戦争の激戦地で、戦後多くの遺骨が収集されました。
 海岸沿いのガマ(洞窟)でもたくさんの遺骨が収集されたものの海中の骨はそのままのようでした。


 快晴の青空が水中からもくっきりと仰ぎ見れた日でした。
 岬沖は、サンゴ礁の地形が複雑なうえ海流も速く、ベテランダイバーでも苦戦していたそうです。

 「初日は流れに押されながら、あっちこっちの岩の割れ目やサンゴ礁の下を覗いて探したんだが、なんにも見つけきれなかった。戦後何十年も経っているからね」

 結局、海中遺骨収集一日目は、ひと欠片の骨も拾えなく帰路についたそうです。
 
 そして、その日の夜、
 「ウトウトしていると、ハタッと思い出したんだよ。何年か前に岬はずれの沖合を潜ったときに、サンゴ礁の切れ目に細長い洞窟があったことをね」

 ---- そして、翌日 ----

 昨日のダイビングポイントから三百メートルほど西にずれた沖合にボートの錨を打ち、飛び込みました。そう、昨夜思い出した、あの洞窟が目標でした。

 「あったよ、洞窟。水深20メートルくらいかな。海流が速いんでゆっくり近づいていったんだ」

 と、洞窟に近づいたとき奥からカラカラコンコンと音が聞こえたそうです。緊張しながら、洞窟を覗きました。

 「サンゴの欠片か石だと思っていたら、骨だわけ。頭蓋骨が四個くらいに、あと太い骨。薄暗い洞窟の中、真っ白な骨が流れに揺られて行ったり来たりしながらぶつかってカラカラ音を立てているわけさ。ここに居るって。早く引き上げてくれって」

 骨は、戦後数十年もの間、薄暗い海の底の洞窟の中、カランコロンと音を立て行ったり来たりしていたのです。遺骨への怖さや哀れさより、戦争の虚しさを感じたといいます。

 その年、四日間の海中遺骨収集が行われましたが、洞窟の骨のみが拾いあげられたそうです。


 ------- さらに一年後 -------

「翌年も気になったんで、潜りに行ったわけ。ボランティアじゃなく・・・・んー、なんとなくね。個人的に。骨? あったんだよ、これが!どうやって集まってきたんだろうね。海流だけでは説明がつかないなぁ。わからない!」


 不思議なことに、それから数年の間、毎年、その洞窟で遺骨は収集されたそうです。



 海には人間が住む現世界とは異なる時空があるのでは、と思うことがあります。
 そして、人は陸でしか死ねないように出来ている、とボクは思うのです。

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