寒露の節句が近付くと、思い出すことがあります。
あれは、昭和も終わりのころでした。
ボクらは、沖縄本島南部の大里のサトウキビ畑の中にいました。
時刻は、深夜の一時半を回ったころでした。
・・・事の発端は、その二日前に遡ります。
昭和の中ごろまで、沖縄では寒露の季節になると、自然の風物詩・・・とでもいいましょうか・・・サシバ(沖縄では「タカ」と呼ぶ地域も多いようです)の渡りが毎年見られました。しかし、昭和の終わりごろにはめっきりその数が減って、寒露の季節になってもサシバの姿はなかなか目にする機会がありませんでした。
そんな折、友人の一人が、大里あたりを車で走行中、サシバの渡りを上空で見た、という情報を持ってきました。
それが二日前でした。その翌日の夕刻、ボクは仕事帰りに大里へ向かいました。もちろん、友人が目撃したというサシバの渡りを確認しにです。
いました。数にして4、50羽ほどのサシバの群れが、大里の山林のはるか上空をゆっくりと滑空し、スパイラルな渦を描くように舞っているのが見えました。渦のように舞うのは、その下を俯瞰しつつ、その日のねぐらを探しているのに違いありません。
案の定、その日サシバは一羽、一羽と大里の山に墜落するように落ちていきました。
・・・・・・ そして翌日の夕刻。
ボクは、友人三人と大里の山林が望める農道に車を停め、陽が落ちるのを待っていました。
目的は、渡りの途中のサシバの姿をカメラにおさめること。できれば、夜間、集団で休んでいる(眠っている)様子を撮影できれば・・・というものでした。
その日の夕方、北西の空からサシバの群れが現れ、大里の上空で大きな円を描き飛び、そして、螺旋状に旋回したと思ったら、次々に山中に吸い込まれるように落ちていきました。
サシバが落ちたばかりの山で人の気配や物音をたてると、敏感なサシバは一斉に飛び立ち、二度と戻らないことが多いため、ボクらはサシバが完全に寝静まる夜半までサトウキビのあぜ道で待機していました。山は見えますが、山に落ちたサシバの姿は遠くて確認できませんでした。
・・・・ そして、冒頭の時間。ボクらは意を決して山に向かいました。
山林は、北側が崖、ほかの三方がサトウキビに囲まれていました。ほとんど雑木林の山までは道などありませんでした。サトウキビ畑を一直線に突っ切り、山に向かいました。月明かりも、星もない曇天の空でした。あたりに街灯などあるわけがなく、真っ暗。手元の懐中電灯だけが頼りでした。前方にぼんやりと浮かぶ山林の影が重々しく、サトウキビ畑の中は息苦しい湿気が充満していました。
「ハブには気をつけようなぁ」と傍らの友人が言います。
「ああ」と応えたっきり、みんな押し黙って深夜のサトウキビ畑を進みます。
収穫前のサトウキビは、背丈も高く、粗めの籠を織り込んだように入り乱れて前方をふさいでいました。しかも足元は湿気と入り組んだサトウキビの根っこで滑りやすく、かなり歩きづらい状況でした。足をとられては転び、何度か手をついては転び・・・とボクらは進んで行きました。
サシバの宿営地までは、おもいのほか遠く、なかなかたどり着けませんでした。
と、いきなり前方の闇から人影が現れました。音もなく、突然現れたのでした。制服をきちんと着た警官でした。
あまりの突然の出現にボクらは驚き、言葉を失い、立ちすくみました。
「何をしているのですか?」
警官はボクらに尋ねました。いたって冷静な優しい口調でした。帽子を眼深にかぶっているので、表情は伺い知れません。
ボクらは事情を説明し、身分証を提示しました。
「そうですか・・・。山の入り口は少し右手に行った突き当たりです。お気をつけて・・・」
そう言って、口元に少し笑みをたたえ、敬礼して警官はサトウキビ畑の闇へ去って行きました。
「警官?・・・今時分なあ? どこから来たんだろう? ここらに道なんかないよな」
「パトカーなんかいたか? いや、車の音もしなかった・・・はず・・・」
「制服ぜんぜん濡れていなかったよね。こんなウージ畑(サトウキビ畑)で。靴も革靴で、キチンとしすぎじゃないか?」
「懐中電灯も持っていなかったよ? なんで一人なんだ・・・」
ボクたちは口々に言葉を発した。
そして、それまで押し黙っていた友人Zが、警官の消えた闇を懐中電灯で照らしながらポツリと言った。
「俺には警官の制服には見えなかった。あれは軍服だよ。おじいの遺影の軍服と同じだった」
その夜、サシバの撮影どころではなく、ボクたちは一目散にサトウキビ畑を後にした。
・・・・あの、サトウキビ畑の男はいったい・・・・